セミナーの報告1

第3回ライプニッツ・セミナー報告 

2010年1月23日に第3回ライプニッツ・セミナーが開催されました。発表者の吉田量彦氏と司会の田子山和歌子が報告します。

セミナーを終えて   吉田量彦
 昔から本番の緊張感というものに滅法弱く、焦って訳のわからないことを口走らないか自分で自分が心配だったが、司会をはじめとする参加者の皆さんに支えられてどうにか報告を終えることができた。この場を借りて改めて感謝したい。
セミナーでの議論の詳細は、司会を務めてくださった田子山和歌子さんの総括に譲り、この小文では発表のいわば基本線の確認と、その後の質疑応答についての若干の感想を述べるにとどめておく。元々意図していた発表の骨子はごく単純なものであり、結局は以下の三つの主張に集約される。

1.万物に内在する「自らの存在に固執しようと努める力」と、精神(=人間精神)のみが発揮する「自らの存在を保とうと努める力」を、スピノザは概念的に区別している。後者の場合、保たれようとする「自らの存在」の内実は、ひとそれぞれの自己理解を通じてさまざまな形で規定される。有り体に言ってしまうと、ひとはいつも自分がそう考えているような自分を保とうと努めるし、またそうすることしかできない存在である。

2.精神が十全でない観念、つまり自己と自己の外部のものごとの性質が無差別に入り混じった観念で占められれば、その人の自己理解はその分だけ外部の諸条件の侵食を受けることになる。そうした自己理解に基づいて発揮される自己保存の力は、自己でないものに規定され、自己でないものに向かっているという意味で「受け身」である。これに対し、ひとは知性を働かせることで、十全でない観念を十全なものに組み直すことができる。十全な観念は、たとえ外部に由来する情報を含んでいても、全体としてはそれらの情報を独力で整理統合した精神自身の力の産物に他ならない。したがってこのような観念に即して何かを行う限り、ひとは自らの精神以外の力に依存していないという意味で能動的である。そしてこの能動的な力は、理性としての自己を保存することに向かう。理性とはスピノザによれば、精神を構成する十全な観念の集合体に他ならないからである。

3.理性の自己保存という思想は、用例こそ多くないものの、およそ一世紀下った世代のカントにも継承されている。ただしカントはスピノザと異なり、外界への適応度で「自己」を計ろうとする他律的な自己理解と、そうした適応度に左右されない自律的な自己理解を、徹底して断絶的にとらえている。この断絶を劇的に表現しているのが『判断力批判』のいわゆる崇高論の一節である。自然現象の猛威を間近にして、自然的つまり外界依存的存在としての自己の無力を思い知らされるまさにその瞬間に、ひとは不思議にも「自己」を理解するもう一つの仕方に気づかされる。そしてこのような自己理解に基づく「ある全く別の種類の自己保存」こそ、理性的存在者=人格としての自己を単なる「もの」の秩序の一部として埋没させないという、カント哲学の発想の原点を構成しているのである。

 セミナー当日の質疑応答の中ではさまざまなご意見・ご感想をいただいた。上に述べた中心主題と直接関わるものもあれば、どちらかというと周縁的な事柄にまつわるものもあった。その中で特に重要と思われた二つの質問について、現時点で差し当たり考えていることを以下にまとめておく。
まず一つ目は「理性の自己保存というモチーフを手がかりにスピノザとカントの接点を探るという発表の主旨は理解できたが、そもそも理性という言葉の意味そのものが、スピノザとカントでずれているということは考えられないか」という質問である。端的に回答すると、そういう「ずれ」は確かに無視できない形で存在する。スピノザとカントでは元より使用言語が異なることもあり、それぞれの用いる理性という言葉(正確には、とりあえず「理性」と訳されている言葉)の含みを理解するには、言うまでもなく慎重な考察が求められるが、さしあたり最大の相違と言えるのは、スピノザが理性という言葉を一義的に用いている(明らかに文脈の異なる用例は除く)のに対し、カントのいう理性は広義狭義取り混ぜていくつかの意味の層を有していることである。
 「ひとは考える」(『エチカ』第2部公理2)とスピノザは言うが、考える存在が必ずしも理性的存在だとは限らない。考えるとは観念を形成することだが、観念にも十全なものとそうでないものがあるからである。というか精神のうちに形成されるその当初の姿において、あらゆる観念はむしろ十全でない方が常態なのである。スピノザのいう理性とは、この十全でない観念を十全な観念へと組み変えていく作業の延長線上に、後天的に確立される人間精神の一つのあり方を意味している。
 これに対しカントの用語法では、さまざまな例外は無論あるものの、ひとは広い意味においてすべて理性的存在である。カントが広義の理性をその働き方に応じて理論理性と実践理性に分けて扱い、さらに細かな機能区分として構想力、判断力、理解力(いわゆる悟性)、理性(狭義の理性)等々を設け、あらゆる思考・実践活動をそれら理性内諸機能の組み合わせで包括的に説明する精緻な概念装置を考案したことはよく知られている。しかし時空的制約に即して外界から受け取った感覚情報をそれぞれの理解の枠組みに応じて認知的に再構成することも(理論理性)、そうして得られた認識に応じて自己と外界の関わり方を決めることも(実践理性)、それ自体としては人間である以上誰もが行っている営みである。カントは非理性的あり方から理性的あり方への後天的移行という形の問題設定をそもそもしておらず、その関心はむしろ、ひとが望もうと望むまいといつも既に用いてしまっている理性の、あるべき用い方の吟味へと向けられている。
 こうした用語法上の違いはたしかに大きい。しかしそれは、どんなに大きくても表現のいわば表層に関わる違いに止まるというのが発表者の当初の見解であったし、この見解は現在も変わっていない。そもそも今回の発表で理性の自己保存という主題を設定したのは、このことを伝えやすくするために、いわば思考の補助線を引く必要があると考えたからであった。幾何学の証明問題では、うまく補助線を引くことで、大きさや向きの異なる図形同士の相似性が明らかになったりする。それと同様に、最初から理性概念の分析に的を絞るよりも、一旦自己保存という隠れた主題を経由しながら考察を進めた方が、両者の思想の表層的な違いを越えた共通傾向がはっきり見えてくるように思われたのである。
そうした視点から見れば、たとえばスピノザの言う(精神の)受動−能動と、カントの言う(理性の)他律−自律とは、実はどちらも言葉の厳密な意味での「自己」について考察するための概念装置として、それぞれの思想体系の中で非常に類似した機能を果たしていることが判明する。受動も他律も、外部依存的な自己理解に引きずられて自己保存の試みに致命的な倒錯が生じている状態を示す言葉であり、これに対して能動も自律も、そうした倒錯を回避あるいは克服するという意図のもと、外部依存的でないもう一つの自己理解の地平を開くために導入される言葉である。理性としての自己の確立を通じて精神は受動から能動に転じ(スピノザ)、自他の人格の尊重を通じて人間理性は他律から自律へと転じる(カント)。言うまでもなく、一枚岩の理性概念を頼りに理論と実践双方の問題解決を一挙に試みるスピノザの立場と、理論理性と実践理性を機能的に区分した上それぞれの領域内で問題設定および解決を図ろうとするカントの立場とでは、単純な比較を困難にする要因がまだいくつも残っている。しかし実践理性の自律を核とする狭義のカント倫理学のみならず、理論理性にまつわるカントの著作ですら、理性としての自己の空転ないし空洞化を防ぐための認知的諸条件を探究する試みという意味では一種の認識の倫理学を扱っていると言える以上、自らの思想を最終的には倫理学(エチカ)の名のもとに体系化したスピノザとの共通性およびそれに基づく比較可能性は、一般にそう思われているよりもはるかに広い範囲に及んでいるのではないだろうか。
もう一つの質問は「発表で指摘されたスピノザとカントの接点は、この両者だけを特異的につなぐというよりも、むしろそれこそソクラテス−プラトン以来の西洋哲学・倫理学史を貫く「ありふれた」共通性ではないのか」というものである。ある意味ではその通りだと思う。
20年近く前に読んだきりで曖昧な記憶しか残っていないが、たしかカール・ヤスパースが「哲学史上の主要登場人物は同じ根本問題の周囲をぐるぐる回っている」という意味のことを『哲学入門』のどこかで述べていた。この根本問題を単数ととると話が単純になりすぎてしまうが、いずれにせよ確実に言えるのは、哲学史というものはある種の問題史としてしか、つまり多かれ少なかれ共通の問題意識を抱えた過去から現在に至る哲学者たちの時空的意見交換の場としてしか考えられないということである。
ことに自己という主題には、哲学・倫理学史を貫くそうした共通の問題意識の中でも、とりわけ太く根深いつながりが認められる。今回焦点を当てた自己保存という表現自体は、発表梗概にも書いたように17世紀を待ってようやく用語的に確立されたものだが、この概念を自己ないし自己理解という方面に向けて、問題史的により開かれた形で考察しようとするならば、それこそ(発表者自身にはそこまでやる根気も実力も欠けているが)ソクラテス−プラトンにまでさかのぼった整理や検証が求められるだろう。哲学的問題意識としてありふれていると言われればそうかもしれない。
しかし裏を返せば、このようなある意味ありふれた共通性の認識すら、スピノザとカントをめぐるこれまでの研究史では共有されてこなかったというのも事実なのである。大抵の場合、スピノザ研究者にとってカントとは押しつけがましい服従道徳の体現者であり、またカント研究者にとってスピノザとは力と徳を混同した権力意志の代弁者に他ならず、話はそこで終わってしまう。もちろんこのような双方向からの認識のすれ違いは、さまざまな酌むべき事情が背景にあって生じたものである。本来こうした相互認識に寄与すべきカント自身のスピノザ理解がとても十分とは言い難かったことや、またここ半世紀ほどのスピノザ再評価の気運の中で、ともすれば哲学・倫理学史におけるその思想の異例性が過度に強調されがちだったことなどは、その中でも代表的要因であろう。しかしそういう言わば食わず嫌い的な対立図式で思想史を好き好きに切り分ける態度は、そろそろ改められるべき時期に来ているのではないだろうか。
今回は分量的にそこまで触れる余裕がなかったが、自己保存という主題は17世紀におけるその用語的確立以降、陰に陽に西洋近代の少なからぬ思想家たちに取り上げられている。ということは、少なくとも将来的にはそこに、ホッブズやスピノザに発していわゆる啓蒙思想やドイツ観念論へと貫入する大掛かりな「自己保存の思想史」の流れを読み取ることも十分に可能であり、今回試みたスピノザとカントのささやかな比較研究がそうした大きな流れに接続するための手がかりとなるなら、発表者としては喜ばしい限りである。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。